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50年代、ピアノやアコーディオンの生伴奏でロシア民謡や叙情歌などを歌唱リーダーと共に歌った「歌声喫茶」が一世を風靡しました。

 その当時から、衰退期の70年代まで歌声喫茶の千日前の歌声喫茶「どん底」や梅田の「こだま」で歌声喫茶一筋にピアノを弾き、唄を歌って人気を博していたのがピープルズのオーナー・大北整子さん。
 大学の音楽科でクラシックの勉強をしていたが、「どん底」でピアノを弾くアルバイトをするうち、「みんなで歌う」心地よさを知った。お客はみんな貧しかったが、明日への希望を抱いて懸命に生きようとする人々の連帯感が理屈抜きで伝わってきた。こんな音楽の世界があったのか、鳥肌が立つほどの感動を覚えた。しかし、歌声喫茶は娯楽の多様化、カラオケの出現により70年代ごろから次第に衰退していきました。

  1997年ごろ、大北さんは、自分が経営しているパブ「ピープルズ」で毎週土曜の夜「歌声喫茶」を開くことにした。自分を音楽に目覚めさせてくれた「歌声喫茶」、人々の温かい連帯のすばらしさを教えてくれた「歌声喫茶」を再び取り戻すために。
 開店当時は、お客さんが2,3人という日が長く続いたというが、関西における歌声喫茶復活の拠点として今や全国に知名度が高まっているピープルズは、毎週、歌を愛する人たちの交流の場、懐かしさと温もりのあるスペースとして満員の盛況となっています。

  30人入れば満員となるピープルズだが、その歌声は一つになって大きく素晴らしい。お客さんは、大阪市内、近郊はもとより全国から集まってくる。ある時は青森、秋田から、東京から、岡山、島根から、徳島から福岡から、果てはカナダ、アメリカからも。

 午後6時、「さあ、カチューシャで始めましょう」。スタートしたあとはお客さんのリクエスト中心に進めてゆくのがピープルズ。ラストの「今日の日はさようなら」まで、3時間でおよそ45曲は歌う。「こんなに楽しかったのは何年振りでしょう?」初めてのお客さんが必ずもらされる感想。この一言がピープルズとスタッフを支え続けています。(室原)

オーナー・ピアノの 大北整子 土曜日リーダー 植田泰史
若かりし頃は「ナコちゃん」、今は「ナコさん」が愛称。本人は恥ずかしがるが歌声のピアノなら日本一。
ほとんどの曲は暗譜でOK。気分が乗ればアドリブを随所にちりばめてピアノが歌う。
気が弱くて、人一倍、相手に気を使うのが長所で短所。お客さんがいっぱい入って、精いっぱい歌ってくれて、喜んで帰られるのが最高の喜び。
ラスト曲を涙を流しながら弾くナコさんは素敵だ。大学の音楽科では声楽を習っていたので、感動した夜はお酒が入ると、初恋の彼からの直伝だという「アリラン」「トラジ」が飛び出すことも。


「誰か故郷を思わざる」を歌わせると、ピアノ・アコさんは失業状態に。
うたごえ界のエンターテイナーとして単なる歌を歌う時のリーダーではなく、場の盛り上げを心得た先天性歌唱先導過多奉仕症候群。
土曜日のリーダーというより、People's全体を仕切ったお助けマン。要するに、ソングリーダーさんが急きょ都合がつかなくなったときの助っ人稼業がメインであります。




土曜日リーダー トモコさん
1981年3月、大阪の駅前第2ビルに開店した「ともしび」
当時、そこでソングリーダーをしてましたが、カナリヤもそう簡単には裏庭には捨てられないようです。




日曜日の歌声リーダー 「ダークおじさん」こと筒井幹夫
「こだま」時代にピアノを弾く整子さん 中学生からクラスメイトに歌を指導していました。クラスのテーマソングは「♪ひょっこりひょうたん島」高校生になって、先輩に連れられて、東梅田の「こだま」へ。
文化祭で、「シングエコー」という模擬店「歌声喫茶」なるものをやっていました。あの頃うたっていたのは「♪山の子のうた」。
学生時代は男声合唱団のベースを歌っていました。

ナリコさんとは「ジモティー」。
同じ町会です。
ダークおじさんの「ダーク」とは、ダークダックスの「ダーク」。
歌好きのおじさんです。
よろしくお願いします。



第2土曜日のアコさんは エッちゃん
毎月第2土曜日のアコ伴奏はエッちゃんがお手伝い。
普段は兵庫県音楽療法士会で、アコーディオンを使った音楽療法をしています。
元々は、シャンソンが好きで自己流で始めたとおっしゃってますが、なかなかどうしてしっかりと歌声を支える伴奏は頼もしいです。
愛用のアコーディオンにはハンドメイドのビーズデコレーションを施しています。
     


木曜お昼は 忠平(ちゅうへい)さん
      高校時代、音楽の先生がサンタルチアやオーソレミオを個別指導してくださいました。 大きな声で歌う気持ちよさ楽しさに、そのとき目覚めました。  ある日、職員室で先生から「近所に来てるから‥・」といただいた音楽公演チケット‥・。
その日の学校帰りに仲間と学生服のままで行きました。それが、あの“劇団カチューシャ"でした。 青春の心は感動にうち震えました。♪泉のほとり、♪うるわし春の花よ、♪カリンガ‥・。
ずっと、あの時の感動が忘れられませんでした。
小学校教員を退職後、60代になって、ついに巡り会った“うたごえ"!出会ってよかった歌声喫茶!

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